一区切り

全日本選手権ロードレース】 開催地:岩手県八幡平

200km
結果32位


浅田監督とのミーティングでレース前の目標は20位以内。そしてU23世界選手権出場権を獲る事。

コースは15kmでスタートして6kmほど下り、5km平坦を走って、ゴールまで約4kmの登り。
気温は20度くらいの涼しい気温だった。
自分は一人だけなので、他の選手の流れを見ながら、大きな逃げグループには乗って行く。といってもとにかく最後までメイン集団に残ることが一番大事なことと考えた。
寒いのでベストを着て、アームウォーマしてスタート。


スピードは速くなく、ゆっくり進む。
3周目。まず一回目のペースアップ。
すぐに一杯一杯になってしまい、少し遅れて後ろの集団に取り残された。ダメかと思ってしまったが、前の集団も緩んでいて下りと平坦で追いつき事なきを得る。


そこからはまた淡々としたペースで。「フランスのレースと違って、高い強度の時間は長くは持続しない」とある選手から言われたのは、このことかと思った。
その後アイサンが集団をコントロールして、逃げを吸収。ここから終盤のペースアップに対して恐怖心と共に集中力を高めていく。


レースが動いたのはラスト3周の登り。登り口からペースが速くて、集団が伸びてボロボロと溢れて、前に残れずに千切れた。
その後はとにかく最後まで踏み切って完走した。


やっぱり練習でやってないことは基本的にレースやることは難しいと思った。あともう少しキツさに耐えられない。キツい状態からさらにキツい状態に体をもっていくことが出来ない。
繰り返しになるが、結局練習から出来ていないことはレースでは出来ない。


目標の20位以内には入れなかった。
結果として目標に届かなかった事は出なかったことは冷静に受け止めなければならない。
ただ、去年のアクシデントから4ヶ月自転車から離れる事になって、一からでは無く、ゼロから地道にトレーニングしてきて、今の状態なのは確かな事。何年も掛けて積重ねたものが一気に崩れた。
周りの人は3ヶ月もあれば戻ると言われたけど、7ヶ月掛かった。
膝の怪我が完全に治ってから、しっかりこの全日本に間に合わせるというつもりで、トレーニングやってきたから、そこまで悲観的になっていない。恥ずかしいながら、ここまで来れて良かったとうれしい部分もある。


怪我してからは、精神的にキツい事が多くて、いろいろな面で成長も出来ていると思う。
乗り方も変えた。ポジションも変えた。トレーニング方法も高校生の時のやり方と変えた。ペダリングも変えた。人に対しての接し方も変えた。生活の仕方も変えた。スーパーで買う食べ物も高くても良いもの買って、食事も変えた。料理もこだわった。そうしたら体も変わった。

まだまだ変えていくべき事が沢山ある。
正直、時間の使い方は高校生の時より下手になってしまったままだ。
そのようなところを一つ一つクリアして行って、良くして行きたい。
自分が頑張ったか頑張ってないか。ほんとに一番自分でわかる事だから。


目標に届かず悔しい気持ち3割のと、今回踏むべきステップを踏めなかったので、自分の将来に対しての焦りの気持ちが7割。

浅田監督、スタッフのサポートに感謝します。そして登りで大声で自分の名前を読んで応援してくれた方、確実にペダルを踏む力が2割増しになりました。ありがとうございました。




それにしてもゲンキって一年中強いな〜。U23のゴール直後、たまたま横に止まった時の呼吸困難ぶりは半端じゃなかった。
もっと、呼吸困難になるくらいまで追い込もうと思った。毎回思うんだけど・・・。



15秒スプリント。1分走。2分走。5分走。8〜10分走。20分走。 6時間LSD

2分追い込んでから5分維持する。
いつも練習でダメだなと思うのは、追い込んでから一気に脚を止めて休むこと。2分400wくらいで走ってから、そのまま300wで5分ガマンしたりする練習とか。実戦で役立つだろうに。